2021.08.18
「ナラティブ・アプローチ」とは、相談相手や患者といった非支援者による「物語(narrative)」を通して解決法を見いだそうとするアプローチ方法です。ナラティブ(narrative)とは日本語に訳すと「語り」とか「物語」あるいは「声」という意味で、アプローチの訳は「話を持ちかける」とか「近づく」とか「物語に近づく」あるいは「交渉する」という意味になります。
1990年代に臨床心理学の論文から生まれた心理療法で、医療やソーシャルワークなどの分野で実践されています。特に自主的な物語を重んじる実践的な心理療法のことを「ナラティブ・セラピー」と提唱者は呼んでいます。「ナラティブ・アプローチ」は、社会は人の心や感情の中で形作られると考える社会構成(構築)主義や社会学という学問分野でも用いられているのです。
目次
ナラティブ・アプローチにはどのような特徴やメリット・デメリットがあるのでしょうか。
対人支援にたずさわる人には、これまでの対人支援が支援者と支援される人との間に力の差が圧倒的にあるという問題意識を持っています。常に支援者のほうが強く被支援者のほうが弱い立場にあるというわけですね。カウンセラー、医師、ソーシャルワーカー、看護師などの支援者は支援される人の情報報を持ち、さらに専門知識を持ったうえで支援を行なっているのです。
一方、支援される人は支援してくれる人について何も知らないし、専門知識も持っていません。しかも困難に困り、疲れ、弱っている状態なのです。圧倒的に小さな力しか持ち合わせていません。よって、無理なアドバイスを受けて従わざるを得なくなったり、反論しようとする気持ちを簡単におさえつけられたりして追いつめられてしまいます。
支援者と被支援者の間の力の差を解消するために意識して実践していることは、支援者は専門性を捨てて「無知の態度」で支援に臨むということです。そうすれば一方的な支援者対非支援者という関係性も打破できます。
そうすると専門家などは必要ないのではないか、あるいは専門性を侮辱しているのではないかという反対意見もあるようです。しかし、これまでの支援方法ではうまく解決することができなかった難しい事例も大きくよい方向に動かすことが可能になったのも事実です。
ネガティブアプローチのメリットは、支援される人が持つ建設的でないネガティブな思考の悪循環や慢性的な固定観念から抜け出せない状態、あるいはまわりの状況をあまりにも一面的な角度からしか見えない時に、状況を打開するのに補足的に効果がある点です。
もう一つのメリットとして世界の多様性の理解する時に、自分と他人を相対的なものととらえず、多様な発想を持たせることによって、才能や能力やアイデアなどを見いだすことを可能にすることの補足的効果がある点でしょう。
ナラティブ・アプローチを成功させるためには語るための十分な能力が必要です。従って、子供や知的障害者、認知症患者などの支援には限界があります。例えば、保育園の先生などが子供に直接実践するのは無理があるでしょう。対策として、保育園の先生の場合は子供ではなくその親にナラティブ・アプローチを実践するという手段があります。
そもそもナラティブとはどのような物語を語るものなのでしょうか。「ナラティブ(narrative)」は「物語」という意味の英語です。従来のカウンセリングや心理療法は患者の客状態を観的に把握するために患者の言葉に耳を向けていました。一方、ナラティブ・アプローチは患者の言葉から、患者が解釈しているものを理解することをめざすものです。
従来のカウンセリングと患者の語る言葉をしっかり聞く点ではお互いに共通していますが、客観的な状態の把握に焦点を置くのか、あるいは、患者言葉の解釈に焦点を置くのかという点が大きく異なります。患者の語る物語は思い込みや脚色があったりするので、必ずしも事実ではありません。ナラティブ・アプローチは患者の物語を新しい物語に更新する作業を行い、悩ましい状態が大きく改善されることをめざしているのです。
ナラティブ・アプローチの実践の手順は以下の通りです。
悩みをかかえている人の物語は、当人に否定的なものがほとんどです。物語にドミナント(支配)されて、変更ができないものだと思いこんでいます。何度も反省的な質問をすることによって、悩ましい問題を外在化させ、例外的な結果を導き出して悩んでいる人が信じている「物語」を別の物語(オルタナティブストーリー)を構築するのです。
悩みを語る人は、悩みの原因である問題は自分そのものの一部であると信じているのです。そこで、悩みに名前をつけてもらうことをします。名前をつけることによって悩みを外在化させるのです。その結果、悩みは自分から引き離され、客観視することができるようになります。例えば、ある上司の悩みには『部下の指導をちゃんとできない最低上司』などとしてもらうのです。
「反省的な質問」とは、悩ましい問題に対して、誰が、どのような出来事が、どのような経験が関係しているのかを質問し、いっしょに答えを考えることです。例えば、「具体的にあなたを嫌いなのは誰ですか」「部下に嫌われる原因となる事実があったのですか」「どのようなことがあって部下に嫌われていると思ったのか感想を聞かせてください」などと質問します。
ドミナントストーリーには例外的とも思える結果が発見されることがあります。部下に嫌われているという悩みを持つ上司の場合、反省的な質問をくりかえしているうちに部下が自分によく相談してくれていた事実がわかったりするのです。このように例外的な結果を導くことがあります。
さらに質問を続けて例外的な結果を補強します。「部下が相談するということはあなたのことを信頼しているのではないでしょうか」と質問すると、「そうですね」と悩みを持つ上司は言います。自分は部下に嫌われていなかったという事実が判明するのです。こうして、実は部下に信頼されていたのだというオルタナティブストーリーを一緒に構築していきます。
日本ではナラティブ・アプローチは広まりつつありますが、まだ確立したものではなく、ケースバイケースで方法論や定義もさまざまです。とは言え、ナラティブ・アプローチの実践は進みつつあります。問題を抱えている本人と相談を受ける人との上下関係はなく、フラットに語り合うことによって、本人自身が解決するきっかけを発見するといった新しい考え方は広まりつつあります。
いずれにしても根本となるのは対話をすることです。看護研究や看護実践、福祉や介護のシーン、ひいては家族療法においても相手の言葉にしっかり耳を傾け、解決の糸口を見つけていくことは大切です。